患者さん・ご家族等一般の方へ
心がつらいあなたへ
がん患者さんや家族は、がんと診断されたとき、治療の経過、あるいは再発や転移がわかったときなどのさまざまな場面で、つらさやストレスを感じます。
緩和ケアは、そのような心のつらさやストレスもつらさの対象としています。緩和ケアチームでは精神科医や心理士もメンバーに含まれていますので、ぜひ相談してみてください。
がんと「こころのつらさ」
がんという病気は、からだのみならず、「こころ」にも大きな影響を与えます。がん患者さんが経験する不安や憂うつといった感情は病気の診断、治療、時には再発や治療の中止など、人生に大きな変化をもたらす出来事が生じた時に強く現れます。これらの感情が生じることはごく自然なことですが、「こころのつらさ」のサポートがされていないと、患者さんの生活の質を低下させ、「適応障害」や「うつ病」といった「こころの病」にいたる可能性があります。このような「こころの病」はがん治療の効果や予後にも影響する可能性があるため、専門的なケアが必要です。
わるい知らせを受けた時のこころの衝撃
がんの診断後、多くの人は一時的に気持ちの落ちこみがみられますが、通常は2週間程度で回復し、普段の生活を再開します。しかし、数週間経過しても気分の落ち込みが回復しない場合、いわゆるうつ病や適応障害といった「こころの病」の可能性を考える必要があります。
ストレスへの心の反応

がんと心、国立がん研究センターがん情報サービスより
うつ病、適応障害って?
1.うつ病
うつ病は次のような症状が2週間以上続くことが特徴です(DSM-5-TRより改変)。
- ほとんど毎日、ほぼ一日中、気分が落ち込んでいる
- 明確な理由なく楽しいと感じることが少なくなる
- 食欲や体重の変化
- 睡眠の問題(過剰または不足)
- 疲労感やエネルギーの減少
- 無価値感や過度の罪悪感
- 決断困難や集中力の低下
- 死に対する思いや自殺の考え
この診断基準にある食欲の変化や体重の減少といった症状は、がんやがん治療によってもおきるため、必ずしもこの基準だけで診断がつくわけではないため、専門家による評価が必要となります。
2.適応障害
適応障害は、何らかの強いストレスが起きた後、気持ちや行動に揺れが生じる状態をいいます。通常、この動揺は6ヶ月以内には消失します。ただし、ストレスの原因が持続する場合、症状も長引くことがあります。
適応障害の症状には、以下が含まれますが、これらは人によって異なります(DSM-5-TRより改変)。
- 不安、悲しみ、無力感
- 社会的引きこもり、なんらかの活動に対して消極的になる
- 上記気分の揺れが、仕事や学校に影響を与え、時に衝動的な行動に走る
適応障害は、うつ病ほど重篤ではない場合が多いですが、うつ病と同様に、患者さんの日常生活や機能に影響を与える可能性があります。
こころの病への対処法はあるのでしょうか?
1. からだの苦痛がこころに影響を与えることがあります
がん患者さんが経験する不安や憂うつなどのこころのつらさは、からだの症状と深く関連していることが多いことが指摘されています。痛みや呼吸困難などのからだの苦痛をやわらげることで、こころの負担も軽くなることがあります。そのため、がん患者さんのケアには、こころのつらさだけでなく、からだの症状にもしっかりと目を向け、適切な治療を行うことが大切となります。
2. 専門職によるこころのサポート、時に薬を使うこともあります
がん患者さんのこころのケアにとって最も大事なことは家族、職場など周囲の理解やサポートです。その上で、精神科・心療内科医、心理師といった専門家によるいわゆる「精神療法」といった介入が行われます。
時にお薬を使うこともありますが、後に述べるように、患者さんの状態をみながら対応をする必要があります。
「 精神療法」とは?
多くの患者さんは、診断直後や初期治療の時期に将来への不安を感じます。また、治療が一段落しても、再発への不安が生じることがあります。進行や終末期には、孤独感や家族への思いなど、さまざまな感情に苦しむことがあります。精神療法とは、医療者が患者さんの感情を受け止め、理解しようとする姿勢をとりつつ、患者さんが自身の困難に対処する方法を医療者と患者さんとともに模索する過程といえます。
やや専門的になりますが、患者さんが抱える問題の見方を変え、今までの行動を見直す認知行動療法、マインドフルネスなどのリラクセーションも、がん患者さんの「こころのつらさ」を軽減するのに役立つことが報告されています。
リラクセーション
リラクセーション法は自分でできるこころのケアです。不安や緊張を感じた時や気持ちを切り替えたい時にやってみましょう。
薬を使うことはあるのですか?
うつ病に対する薬の効果については、残念ながら十分な根拠が少ないのが現状です。たとえうつ病であったとしても症状が軽いものならば、まずは精神療法が優先され、それでも改善がない場合には抗うつ薬という薬を用います。ただし、眠れないことによりきもちがさらに沈む場合、専門家の判断により睡眠を確保する薬を使うことはあり得ます。
抗うつ薬は他に服用している薬の効果を過度に強めてしまう可能性が時にあり、吐き気や眠気といった症状が出ることがあるため、特に抗がん剤を使用している時には注意が必要です。
また、抗うつ薬の効果が現れるまでには数週間かかることが多く、先に吐き気や眠気といった副作用が出るため、患者さんの状況に応じてその使用のタイミングを見極める必要があり、やはり専門家による診察が鍵となります。
夜がどうしても眠れない時
睡眠は、われわれの健康にとても大切です。質の高い睡眠は、がん患者さんはもちろん、家族にとっても重要です。睡眠をめぐる問題についても、適切なサポートが必要です。
睡眠は、体やこころの疲労回復を始め、記憶の強化や脳の成長を促し、体のリズムを整えたり免疫機能を強化したりといった、たくさんの重要な役割を果たしています。
がん患者における睡眠障害の頻度は、20~50%と報告されています。がんの告知などの一時的なストレスによって一過性の睡眠障害が生じることもありますが、この場合、慢性化するケースは比較的少ないと言われています。長期にわたり継続する場合には、うつ病やせん妄の兆候の可能性や、他の睡眠障害をきたす疾患の可能性があるため、専門家に相談をしましょう。
<良い睡眠を得るための生活の工夫>
- 睡眠衛生指導
カフェインやアルコールなど、睡眠を妨げる物質の摂取を控える、就寝前にリラックスする時間を設ける、昼寝の時間を短くする等が有効です。 - 刺激制限
ベッドや布団の中で読書をしたり、スマートフォンを見たりすることを止めるなど、寝室は睡眠のためだけに使用し、眠くなるまでベッドに入らないようにするなど、睡眠環境を整えます。 - 睡眠制限
睡眠時間を意図的に短くし、その時間になれたら徐々に睡眠時間を長くしていきます。 - リラックス法
漸進的筋弛緩法や自律訓練法を用いるなど、リラックスを促す方法を活用します。 - 認知行動療法
「眠らなければいけない」というような不眠に関する過度の構えや考え方を見直し、より健康的な睡眠を促す行動を取り入れます。